多職種恊働って知ってる?

 暖かい日は本当に花粉がひどい。まだ花粉症でなかった頃は小春日和を喜んだものだが、今や不幸の元凶と言っても過言ではない。目は痒いし本当にたまったもんじゃないというのが現在の状況である。おまけに目を擦りすぎてしまって一向に涙が出ないからドライアイで本当に困っている。

 さてそんな傷つきそうな目をさらに擦りながら本日もブログを書いているわけだがツイッターというのはいつ見ても珍獣が多くてスクロールをして飽きると言うことがない。人というのは発話ではなく文字になるとこれだけ知性を失うのかとも思うが、本来的に発話よりも文字の方が知的には高度な文化のはずなのにどうしてこうなるのだろうか。かくいう自分も品のないツイートを繰り返している。

 医療職の世界には多職種恊働なんて理念がある。色んな職業が平等に協力しながら医療を完遂しようという言葉であるが勿論ほぼ想像の産物である。タイムラインでは夜中にたたき起こされる医者と、指示が曖昧過ぎて行動できない看護師がお互いを永遠に叩き合っている。人手不足が顕著なこの業界ではできれば違うところに仕事を押し付けたい互いの立場は相容れられるものでもない。また、もともとは医師は男性社会的側面が、看護師は女性社会的側面が強いことがこの問題に拍車をかけていると思う。

 一般に日本の女性というのはあまり責任を取らなくて良い。とこんなことを言うと誤解されるので詳しく説明すると、例えば母親が契約書にサインする時、父の名前を書くのを見たことがあるだろうか。本来は自分の名前を書けば良いような内容でも母親であまり自分の名前を書く人はいない。男性優位の社会である日本では男性が職業選択の自由が大きい代わりにかなり広範な責任義務を負っている。

 つまりこれを医師看護師の関係に落とし込むと社会での既成概念として男性社会、すなわち医師という存在が無限に近い責任を持っている、ということになる。

 一つのモデルとして多職種恊働はあるのだが、そもそも違う職業間で話が合うというのが無理がある。同じ学年やら組織やら部活やらですら話は合わない時は合わないしまして、金銭が絡んでいる。こんなことを言っていると医者としての倫理観の是非に話が及ぶのでもう終わる。

 

職業倫理観発達途上の たかたか。